どこにいっても、舐められる・・・

自己啓発・人間関係・心理学

どの職場に行っても、同じように自分をなめてくる人がいる・・・

男性でも女性でもいると思います。なんか、なめられやすい。

「私は顔が童顔だから、なめられやすいのよ」「女だから・・」とか、いう人もいます。・・・が、童顔でも、女でも、なめられない人はいます。

おかしくないですか?どこの職場に行っても、同じような嫌な上司が登場する・・・

覚醒してください

いきなり変な話をしますが、目の前の物質や現象は、幻想です。この時点で、無理!キモイ!という方は、この部分は読み飛ばしてください。

どういうことかというと、量子力学の世界では、あなたの目の前のものはすべて素粒子と言われるツブです。

あなたの目の前にある、スマホ。そのスマホを、細か~く見ていくと、原子→分子→電子・・・と細かく見えないところまで見ると、素粒子というツブになり、その先はヒモだと言われています。素粒子以降の目に見えないところは量子力学の領域です。

このような難しい話はどうでもいいのですが、事実として知っていただきたいのは、スマホも、私たちも、机も、素粒子というツブだということです。

本当は、すべてモワモワした存在です。そのモワモワが、すごいスピードで振動しているために、物体として見えているに過ぎません。

では、なぜそこにスマホがあるのか??それは、あなたがスマホだと思っているから、スマホになっているんです。目の前にある「もの」、「できごと」は、あなたの内面が作り出しているのです。自分が「こうだ」と思ったようになっているのです。量子は観測したときに挙動がかわるので、ウソっぱちな話ではありません。

YouTube参考動画

内面の反映が、目の前の出来事です。すべては、あなたの潜在意識が作り出しているのです。これに本当に気づいたら、覚醒します。目の前に、iPhoneがある。これは、アップルの製品だとみんなは思っていますが、そうは思わず、「素粒子のカタマリ」であって、自分がiPhoneと思っているだけ。と気づくことかが大事です。この非常識な考え方が「覚醒」です。

言い換えると、あなたが本当に望んだことは、時間差で現実化するということがわかります。この3次元世界では、すぐには現実化しませんが、少し遅れて現実化していきます。

すべての存在は、自分の「潜在意識」が作り出しています。

そこで、冒頭に書いた「私は顔が童顔だから、なめられやすいのよ」「女だから・・」という言葉を思い出してください。

この方は、転職しても、いつもなめてくる人に当たってしまうと言っていました。それを、「見かけ」のせいにしていたわけですが・・・「私は顔が童顔だから、なめられやすいのよ」「女だから・・」という思い込みが潜在意識に刷り込まれていたとも言えます。

すると、この潜在意識が高次元に届き、現実化しているというだけです。

潜在意識を書き換えるには、アファメーションが効果的です。斎藤一人さんが言っていた言霊は「なめられない、威張らない」口ぐせみたいに言うと良いかもしれません。

鏡の法則

これをわかりやすく言うと、「鏡の法則」です。

「他人は自分を映す鏡」です。他人を変えようとするより、自分を変えるのが一番早いです。他人があなたをなめてくる場合、自分で自分を過小評価している場合もあります。または、頑張りすぎて、「自分がやればいいんでしょ!」となっている場合もあります。

よくあるのは、「看守」のような厳しい自分が自分の中にいて、「こうしなきゃダメでしょ!」と見張って居いる・・・だから、現実社会でも、鏡の法則で「なんで、こうやってやるんだよ!なんかい言えばわかるの?」などと、きびい看守のような人物が現れます。

自分の中にいる「看守」を追い出しましょう。そのためには、自分を褒める。労う。「よくやっているね~よしよし」と自分で頭をなでる勢い!(笑)

一番は紙に、「今日の自分スゴイ」リストを毎日書く・・・これやると本当に変わります。知ったら、やるだけです。

他人はいないのか

小さいころ、自分は自分というものがあって、自分という目で世界を見ている。自分は自分しかいない。

他人も、同じように自分というものがあって、私を見ている・・・他人からすると、私は「他人」であって、、、変に混乱していた記憶があります。なんか不思議な感じがしたんですよね。よくわからない話ですが、、、共感してくれる方、いらっしゃいますでしょうか・・

けど、鏡の法則や潜在意識の法則を考えると、自分の考え方次第で他人は変わる・・・ということは、「他人」って、いるの?って思うこともあります。

もしかしたら、「他人」はいないのではないか・・って思うようになりました。世界は「自分」しかいない。「他人」は自分の潜在意識が映し出したものに過ぎない。

これって、寂しい気もしますよね。「孤独」のような・・・

けど、他人も自分と考えれば、少し楽になります。私たちも素粒子の集まりなのであれば、他人と私も同じ素粒子。と、いうことは、他人と私の垣根なんて無いのかもしれないと思うようになりました。

これがワンネスっていうやつなのでしょうか。

他人は自分・・・これって、もしかしたら真理なのかもしれません。他人を自分のように優しく接して、自分を他人のように大切に扱って・・・

ちょっと変な話になりましたが、舐めてくる人がいたら、自分は自分にどうやって接しているかな?と考えてみるキッカケかもしれません。

もしかして、「私なんて大したことない」と自分を舐めていたりしていませんか??